目次
「せっかく時間とお金をかけて育てた外国人材が、1年で他社に転籍してしまうのではないか」——2027年4月の育成就労制度施行を前に、当事務所にはこの不安を抱えた中小企業の人事担当者・経営者からのご相談が急増しています。
技能実習制度では原則として勤務先を変えられませんでしたが、育成就労制度では条件付きで転籍が認められます。ただし、「1年経過すれば誰でもすぐ自由に転籍できる」わけではありません。本人の意向による転籍には、就労期間・分野・日本語能力・技能という4つの条件があり、受け入れ側にも上限規制が設けられています。
この記事では、申請取次行政書士の視点から育成就労の転籍ルールを正確に整理したうえで、「転籍は怖い」という企業の本音に正直に向き合い、転籍リスクを下げる職場づくりまで具体的に解説します。
この記事でわかること
- 育成就労の転籍は「やむを得ない転籍」と「本人意向転籍」の2類型
- 本人の意向で転籍できる4つの条件(1年経過・同一分野・日本語・技能)
- 受け入れ上限ルール(在籍者の3分の1・都市部は6分の1)の中身
- 「転籍は怖い」企業が陥りやすい誤解と正直な評価
- 転籍リスクを下げる職場づくり5つの具体策
筆者は池袋を拠点とする行政書士事務所(リライアンス東京)で、就労ビザ・特定技能・技能実習に関する申請を数多く手がけてきました。実際の相談事例を交えながら、人事担当者が今知っておくべき転籍ルールの実務をお伝えします。
育成就労制度そのものの全体像をまだ把握できていない方は、先に育成就労制度とは?技能実習との違いを5項目で解説をご覧いただくと、本記事の理解がスムーズになります。
育成就労の「転籍」とは?技能実習からの最大の変化
育成就労制度を語るうえで最も注目される変更点が「転籍の自由化」です。まずは、なぜ転籍が認められるようになったのか、そして転籍にどんな種類があるのかを整理します。
技能実習は原則「転籍不可」だった
技能実習制度では、やむを得ない事情がない限り勤務先を変えることが原則できませんでした。この「逃げられない」構造が、低賃金や劣悪な労働環境からの離脱を妨げ、失踪や人権侵害の温床になっていると国内外から長年批判されてきました。育成就労制度はこの問題を正面から解決するために設計された後継制度であり、転籍の自由化はその象徴的な変更です。
育成就労の転籍は「やむを得ない転籍」と「本人意向転籍」の2類型
育成就労制度の転籍は、大きく2つの類型に分かれます。この区別を理解しておくことが、転籍ルールを正しく把握する第一歩です。
| 転籍の類型 | 内容 | 1年経過の要件 |
|---|---|---|
| やむを得ない事情による転籍 | 受け入れ企業の倒産・事業縮小、企業側の重大な法令違反・人権侵害など、外国人本人の責めによらない事情がある場合の転籍 | 不要(1年未満でも可) |
| 本人の意向による転籍 | キャリアアップや待遇改善など、本人の希望で同一分野内の別企業へ移る転籍 | 必要(原則1年以上) |
つまり、「やむを得ない転籍」は労働者保護のためのセーフティネットであり、企業が法令を守って適正に運営している限り発生しにくいものです。企業が懸念する「育てた人材が辞めてしまう」リスクは、主に後者の「本人意向転籍」に関わります。次章で、この本人意向転籍の条件を詳しく見ていきましょう。
ポイント
「転籍が自由化された」という言葉だけが独り歩きしがちですが、実際には2つの類型があり、それぞれ要件が異なります。企業がコントロールできるのは「やむを得ない転籍を発生させないこと(=適正な運営)」と「本人意向転籍を選ばれにくい職場をつくること」の2点です。
本人意向で転籍できる4つの条件(1年経過・同一分野・日本語・技能)
企業が最も気にする「本人の意向による転籍」には、以下の4つの条件があります。これらをすべて満たさなければ本人意向での転籍は認められません。
- 育成就労開始から原則1年以上が経過していること
- 同一の業務区分内での転籍であること(分野をまたぐ転籍は不可)
- 一定水準の日本語能力(N4相当以上が目安)を証明できること
- 一定水準の技能試験に合格していること
条件①就労開始から原則1年以上経過
本人意向での転籍が認められるのは、育成就労を開始してから原則1年以上が経過した後です。入社直後に「もっと給料の高い会社に行きたい」という理由だけで転籍することはできません。なお、分野ごとの事情に応じて1〜2年の範囲で個別に設定される余地があるとされており、自社の分野でどう運用されるかは監理支援機関や行政書士に確認しておくと安心です。
条件②同一の業務区分内であること
転籍は同一の業務区分(分野)内に限られます。たとえば飲食料品製造業で育成就労を始めた外国人が、まったく別の建設分野へ転籍することはできません。分野をまたぐキャリアチェンジ的な転職は制度上認められていないため、企業にとっては「同業他社への流出」が主な検討対象になります。
条件③日本語能力(N4相当以上の目安)
本人意向転籍には、一定水準の日本語能力の証明が求められます。目安はN4相当以上です。育成就労はN5相当(A1)以上で入国するため、転籍するには入国時よりも高い日本語力を身につける必要があります。日本語学習が進んでいない段階では、そもそも転籍要件を満たせないという構造になっています。
条件④技能試験への合格
4つ目の条件が、一定水準の技能試験への合格です。育成就労期間中に技能を習得し、試験に合格していることが転籍の前提となります。つまり転籍できるのは「日本語も技能も一定レベルまで育った人材」に限られるということです。裏を返せば、企業がきちんと育成に取り組んだ結果として転籍要件を満たす人材が育つ、という側面もあります。
1「1年経てば自由に辞められる」は誤解
4条件のうち1つでも欠ければ本人意向転籍は成立しません。1年が経過していても、日本語や技能の要件を満たしていなければ転籍はできません。「1年で一斉に流出する」という不安は、制度の実態とは異なります。
2転籍先にも空きと要件が必要
本人が転籍を希望しても、転籍先の企業に受け入れ枠(後述の上限規制)の空きがなければ移れません。受け入れ側の条件も整って初めて転籍が成立します。
特定技能との転籍自由度の違いをあわせて知りたい方は、育成就労と特定技能の違いを8項目で徹底比較もご参照ください。特定技能は当初から同一分野内で転籍が自由なのに対し、育成就労は上記の条件が課される点が大きな違いです。
受け入れ上限ルール|在籍者の3分の1・都市部は6分の1
転籍は「送り出す側」だけでなく「受け入れる側」にも制限があります。これが受け入れ上限ルールです。転籍によって人材を奪われる心配だけでなく、自社が転籍者を受け入れたい場合にも関わる重要なルールです。
受け入れられるのは在籍者の3分の1まで
本人意向による転籍者を受け入れられるのは、原則として、その企業に在籍する育成就労外国人の3分の1までとされています。たとえば育成就労外国人が9名いる企業であれば、本人意向転籍で迎え入れられるのは3名までというイメージです。これは、転籍者ばかりを集めて自社で育成する責任を負わない「引き抜き型」の運用を防ぐための措置です。
都市部が地方から受け入れる場合は6分の1まで
さらに、都市部の企業が地方から育成就労外国人を転籍で受け入れる場合は、上限が6分の1まで厳しくなります。これは、待遇面で有利な都市部に人材が一極集中し、地方の受け入れ企業が人材を確保できなくなる事態を防ぐための調整です。地方で育成した人材が都市部へ流出しすぎないよう、制度設計の段階で歯止めがかけられています。
| 受け入れパターン | 転籍者の受け入れ上限 | 趣旨 |
|---|---|---|
| 通常の受け入れ | 在籍する育成就労外国人の3分の1まで | 引き抜き型の運用を防止 |
| 都市部企業が地方から受け入れ | 6分の1まで | 都市部への一極集中を防止 |
受け入れ側にも要件がある点に注意
転籍者を受け入れる企業側にも、育成の実績・法令遵守状況・適正な処遇といった要件が求められます。「上限の範囲内なら誰でも何人でも受け入れられる」わけではなく、受け入れ企業としての適格性が前提です。逆に言えば、適正に運営している企業は、自社が人材を採用したい場面で転籍者を受け入れる選択肢を持てるということでもあります。
当事務所に届いた相談事例|中小製造業の人事担当者からのご相談
制度の説明だけでは「自社の場合どう考えればいいか」がイメージしにくいと思います。実際に当事務所へ届いたご相談を一つご紹介します。
「育成就労で技能を教えても、1年経ったら大手に引き抜かれてしまうのではと不安です。中小企業がコストをかけて育てる意味はあるのでしょうか。転籍されないために何をすればいいですか?」
これは埼玉県の中小製造業(従業員50名)の人事担当者の方からいただいたご相談です。技能実習生を数名受け入れた経験はあるものの、転籍が認められる育成就労には強い警戒感をお持ちでした。
このご相談に対して、私がまずお伝えしたのは次の点です。
- 本人意向転籍には「1年経過+同一分野+日本語N4相当+技能試験合格」の4条件がすべて必要で、誰もがすぐ転籍できるわけではない
- 転籍先にも「在籍者の3分の1(都市部からの受け入れは6分の1)」という上限があり、受け皿は無制限ではない
- 「やむを得ない転籍」は自社が適正に運営していれば基本的に発生しない
- 転籍を防ぐ最善策は、賃上げや日本語支援など「残りたいと思える職場」をつくること
- キャリアパス(育成就労→特定技能1号→2号)を示すことで、長く働くメリットを本人に実感してもらえる
この会社では、「転籍を恐れて受け入れを見送る」のではなく、日本語学習補助と段階的な昇給制度を整えたうえで育成就労を活用する方針を固められました。結果的にこの取り組みは、既存の日本人従業員の定着にも良い影響を与えることになりました。
この相談から学べること
「転籍リスクがあるから受け入れない」という判断は、人手不足が深刻化する中で機会損失につながりかねません。転籍条件と上限規制を正しく理解すれば、過度に恐れる必要はないことがわかります。むしろ「選ばれる職場づくり」に投資する企業こそが、外国人材も日本人材も定着させられる時代になっています。
「転籍は怖い」企業の本音に正直に答える
ここまで条件を整理してきましたが、それでも「転籍ゼロではないなら不安は残る」というのが多くの企業の本音だと思います。この点について、行政書士として正直にお答えします。
「転籍ゼロ」を目指すのは現実的ではない
転籍は外国人労働者に認められた正当な権利であり、「転籍を完全に防ぐ」ことを目標にするのは制度の趣旨に反するだけでなく、現実的でもありません。一定の転籍は起こり得るという前提で、自社の人材が「転籍したい」と思わない環境をつくる——この発想の転換が、これからの受け入れ企業に求められます。
低処遇で「縛る」発想はむしろ逆効果
注意すべきは、「転籍されないように賃金を抑えて辞めにくくする」といった発想は完全な逆効果だという点です。前述のとおり、受け入れ企業に重大な法令違反や著しく不適切な処遇がある場合は「やむを得ない転籍」が認められやすくなります。つまり、人材を縛ろうとして処遇を悪くすればするほど、かえって転籍されやすくなるという構造です。
転籍を減らす正しいアプローチ
- 適正な賃金・昇給制度を整える
- 日本語学習・技能習得を会社が支援する
- 特定技能への移行というキャリアパスを示す
- 住環境・生活面のサポートを手厚くする
- 定期面談で不満や不安を早期に把握する
逆効果になる誤ったアプローチ
- 低賃金で「辞めにくく」しようとする
- 残業や休日のルールを曖昧にする
- パスポートや在留カードを預かろうとする(重大な違反)
- 日本語学習の時間を与えない
- 相談窓口を設けず不満を放置する
注意点
パスポート・在留カードの取り上げや、貯金の強制、過度な違約金設定などは、転籍の自由を実質的に奪う重大な法令違反です。こうした行為は「やむを得ない転籍」の事由になるだけでなく、受け入れ機関としての許可取り消しや罰則の対象にもなり得ます。人材を縛るのではなく「選ばれる」方向に経営資源を振り向けることが、結果的に最もコストの低い定着策です。
転籍リスクを下げる職場づくり5つの施策
では、具体的に何から手をつければよいのか。中小企業でも今日から始められる5つの施策を、優先順位の高い順に整理しました。
同じ地域・同じ職種の相場を下回らない賃金を設定し、勤続や技能習得に応じた昇給ルールを明文化します。「頑張れば給料が上がる」という見通しがあるだけで、転籍を選ぶ動機は大きく下がります。
日本語教室の費用補助や、勤務時間内の学習時間の確保を行います。皮肉にも日本語・技能は転籍の要件でもありますが、それ以上に「自分の成長を会社が応援してくれる」という実感が定着につながります。
育成就労3年→特定技能1号(最大5年)→特定技能2号(更新無制限・家族帯同可)という長期のキャリアを具体的に示します。「この会社にいれば長く・安定して働ける」という将来像が、転籍を踏みとどまらせます。
住宅手当や社宅の提供、行政手続き・病院同行などの生活サポートを整えます。生活基盤が安定している職場から、わざわざ環境を変えてまで転籍しようとする人は多くありません。
通訳や監理支援機関と連携し、定期的な面談・相談の場を設けます。転籍は突然決まるのではなく、小さな不満の蓄積から始まります。早期に拾って対応することが、最も効果的な転籍予防です。
よくある質問(FAQ)
Q育成就労では、いつから転籍できるようになりますか?
本人の意向による転籍は、育成就労開始から原則1年以上が経過し、かつ同一分野内・日本語能力(N4相当以上が目安)・技能試験合格という条件をすべて満たした場合に認められます。一方、企業の倒産や重大な法令違反といった「やむを得ない事情による転籍」は、1年未満でも認められます。分野によって1〜2年の範囲で個別に設定される余地があるため、自社の分野での運用は監理支援機関や行政書士に確認することをお勧めします。
Q採用や入国にかけた初期費用は、転籍されたら戻ってこないのですか?
入国前の教育費用や渡航費など、企業が負担した初期費用の一部については、転籍先企業との間で合理的な範囲で按分・分担する仕組みが検討されています。詳細は施行規則・告示の整備を待つ必要がありますが、「育てた企業が一方的に費用を被る」事態を緩和する方向で制度設計が進められています。実務上の取り扱いは確定情報を確認のうえ対応することが重要です。
Q転籍されて欠員が出た場合、すぐに別の外国人を採用できますか?
欠員補充のための新規採用自体は可能ですが、育成就労の受け入れには分野ごとの人数枠や監理支援機関を通じた手続きが必要なため、即日というわけにはいきません。だからこそ、欠員を出さないための定着策がコスト面でも合理的です。また、転籍者を受け入れる側になる場合は「在籍者の3分の1(都市部からの受け入れは6分の1)」の上限ルールが適用される点にも注意が必要です。
Q転籍の自由度は、育成就労と特定技能でどう違いますか?
特定技能は当初から同一分野内であれば自由に転籍できます。一方、育成就労は「1年経過・同一分野・日本語・技能」の4条件を満たして初めて本人意向の転籍が可能になり、ハードルが高めです。つまり育成就労の方が企業にとっては当面の流出リスクが低い設計です。両制度の違いの全体像は、育成就労と特定技能の比較記事で詳しく解説しています。
まとめ
育成就労制度の転籍は「自由化された」と語られがちですが、実際には細かな条件と上限規制があり、「1年経てば誰でもすぐ自由に転籍できる」わけではありません。転籍ルールを正しく理解すれば、過度に恐れる必要はないことがわかります。本記事のポイントをまとめます。
- 転籍には「やむを得ない転籍」と「本人意向転籍」の2類型がある
- 本人意向転籍は「1年経過・同一分野・日本語N4相当・技能試験合格」の4条件すべてが必要
- 受け入れ上限は在籍者の3分の1、都市部が地方から受け入れる場合は6分の1まで
- 低処遇で縛る発想は逆効果。むしろ「やむを得ない転籍」を招く
- 賃金・日本語支援・キャリアパス・生活支援・面談の5施策で「選ばれる職場」をつくる
「うちの分野では転籍要件がどう運用されるのか」「転籍されにくい受け入れ体制を一緒に設計してほしい」——そうしたご相談は、ぜひ当事務所へお気軽にお問い合わせください。池袋の申請取次行政書士として、御社の育成就労・特定技能の活用を実務面から一貫してサポートいたします。
無料相談のお申し込みはこちら →